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2025.10.01 その他

スパ24時間耐久レース【谷口信輝選手】

スパ24時間耐久レースに6年ぶりに参戦

スパ24時間レースは、ベルギーのスパ・フランコルシャン・サーキットで開催される自動車耐久レースで、1924年の初開催以来100年以上続く伝統のイベントだ。フランスのルマン24時間レース、アメリカのデイトナ24時間レースと並べて世界3大耐久レースに数えられる。

GSRの古参ファンなら誰でも知る通り、チームは過去に2回、2017年と2019年に同レースに参戦している(当時のイベント名はTotal 24 hours of Spa)。しかしその2回の参戦ともクラッシュにより完走を遂げておらず、それどころか2度の参戦とも決勝前に1台、決勝レースで1台とそれぞれ2台ずつ、合計4台のAMG GT3を大破するという汚名を残している。加えて、2回ともスタートから10時間を過ぎた頃にリタイアしており、レースの半分すら走れていなかった。このような結果から2019年の2度目の参戦直後から、安藝代表は必ずSpaに戻って完走するとファンに向かって宣言しており、チームにとってSpa完走は悲願の目標となっていた。しかし2020年からのコロナ禍中は海外渡航が非常に困難になっていた為、Spa再戦から遠ざからざるを得なかった。やがてコロナ禍が終わり、満を持した2024年末に、ようやく6年ぶり3度目の同レースへの挑戦が発表されたのだった。

【プロローグ(公式テスト)】

2025年5月13日(火)、14日(水)、この両日にはプロローグと名付けられたスパ24時間レース公式テストが2日間に渡って開催され、参戦予定車両76台全車の参加が義務付けられていた。このテストに参加する為、GSRのドライバー3名はスパ・フランコルシャン・サーキットに集まった。

谷口選手と片岡選手は、前日にドイツに入り、フランクフルト郊外にあるランドグラフモータースポーツのガレージで今回使用するランドグラフ所有のMercedes-AMG GT3用にシート制作を行ってからスパ入りしていた。可夢偉選手は自身が参戦するWECシリーズのレースで事前にヨーロッパ入りしていた為、この日スパでチームに合流した。プロローグでは、午前に3時間、午後5時間の1日8時間、2日間合計16時間の走行時間が用意されている。可夢偉選手は数日前にWECシリーズでスパを走ったばかりだったが、谷口選手と片岡選手にとっては2019年以来6年ぶりとなる為、マシンのセットアップと同時に慣熟も重要な目的だ。その目的は2日間述べ16時間の走行(正確には2日目はマシントラブルで2時間早くテストを終了したので14時間)を通じて、十分に達成された。

スパ・フランコルシャン・サーキットでは、2019年と2023年に起きたレース中の死亡事故を受けて、スパの名物高速コーナーでもあるオールージュからラディオンにかけて安全性向上を目的とした大幅改修を実施していた。これが奏功して、「6年前に比べて格段に走りやすくなった」と谷口選手は語る。かつての挑戦時には危険で全開走行ができなかったオールージュも、この日谷口選手、片岡選手ともに全開走行を達成していた(可夢偉選手は以前に達成済)。コース改修に加えて、安全性向上のために大きなルール変更が一点追加された。以前はランオフエリアを目一杯使って走行するのが当然だったのだが、現在はトラックリミット(4輪脱輪)が厳重に取り締まられ、容赦ないペナルティがくだされるようになっていた。トラックリミットはカメラを使って自動判別される仕組みになっており、例え危険回避の為のコース外走行であっても違反は違反として判定されてしまう。そしてプロローグでは、トラックリミットを6回違反すると10分間の走行停止処分というペナルティがチームに下されるルールだった。

なお決勝レースでは、トラックリミット6回につき30秒のピットストップペナルティが課される事になっている。またトラックリミット違反回数はレース中6時間毎に累積回数が0にリセットされるというルールだ。ピットロードが長く、ドライブスルーだけでも1分以上のタイムロスになる事を考えると、トラックリミット違反をしないでレースを終える事ができるなら、それだけで順位を大きく上げる効果が期待できそうだ。プロローグの2日間を通じて天気に恵まれ、3人のドライバーはコースに十分に慣熟し、またエンジニア陣とも存分にディスカッションしてセットアップを詰めることができた。2日目の午後の走行はパワステ周辺のトラブルにより走行不能になってしまった為、2時間以上の時間を残してテストを終了する事になってしまったが、それでも1ヶ月半後の決勝レースに向けて、確かな手応えを掴むことができたテストだった。

テストでのベストタイムは両日とも可夢偉選手が記録しており、1日目が2’17.561、2日目が2’17.223だった。

6月25日(水)【決勝ウィーク】

ベルギー リエージュ州にあるスパは、療養温泉がある事で古くからリゾート地として栄えていた町だ。20世紀に入り、スパと隣町のフランコルシャンに跨る公道を使った自動車レースが開催されるようになると、やがてスパ・フランコルシャン・サーキットが成立してモータースポーツの街としてもその名を知られるようになった。

そんなこの地で100年以上続くスパ24時間耐久レースのレースウィークは、町を上げてのお祭りとなる。例年レースウィークの水曜日は前夜祭とも言えるパレードデーで、この日は好天の下、2025年の参戦車両全76台のレーシングカーがサーキットからスパ中心部まで10km超の距離を走行し、一帯が通行止めにされた市中心部にズラリ並んで集まったファンを楽しませた。GSRは谷口選手のドライブでパレードに参加した。サーキットからスパ中心部までの道のりは車道と歩道を遮るものが無い完全な一般道で、沿道の両側は手を伸ばせば届く距離で観衆が埋め尽くしている。その間を、76台のレーシングカーが遠慮の無いスピードで駆け抜けるという、日本では到底実現不能と思える大胆なイベントだ。

市中心部に到着すると、待ち構えていたレースファンに向けて各チームがマシンの側でポスターやサインカードを配布するのが定番で、GSRも3人の人気ドライバーに加えて、元F1ドライバーでもある片山監督も加わってファンサービスに当たった。レーシングカーを取り囲んで街中を埋め尽くす観衆はイベント終了の日暮れ近くまで途絶えることがなく、ヨーロッパにおけるモータースポーツの人気ぶりを垣間見ることができた。

6月26日(木)【フリープラクティス】

木曜日は朝から雨が振ったり止んだりのぐずついた空模様で、時折強い雨も降るまさにスパウェザーの1日となった。フリープラクティスセッションは11時20分から12時50分の90分間がスケジュールされており、最初のドライバーは片岡選手だ。走行開始を目前にした片岡選手はヘルメットを装着してマシンに乗り込むが、その時点ではマシンにはまだタイヤが装着されず、ジャッキアップされたまま待機する。このレースはピレリタイヤのワンメイクレースで、タイヤウォーマーの使用が認められている。タイヤをベストな状態でドライバーをコースに送り出す為、走行開始直前までタイヤはウォーマーの中で温められている。

いよいよ走行開始の時間が近づくと、マシンは台車に載せたられたままピットレーンに運び出され、次いでタイヤマンがピット裏のウォーマーから猛烈な勢いでタイヤを運び込み、一気にマシンに装着、直後にジャッキダウンしてタイヤが冷めないうちにマシンがピットを後にするという流れだ。11時20分、気温20.3度、軽い雨が降っておりウェット宣言が出されていた為、走り出しはレインタイヤ装着となった。ディレクターから走行開始の指示が出されるとピットにタイヤが運び込まれ、マシンに装着される。直後に片岡選手は勢いよくピットを後にした。しかし5月に開催された公式テストの際、決勝前にドライブシャフトを交換することを決めていた為、まずはドライブシャフトの慣らしがてら全開走行はせずに周回数を重ねた。11時35分、雨があがり晴れ間が顔を出す。片岡選手は5周走りドライブシャフトの慣らしを終えて一旦ピットインした。ドライタイヤに履き替えてコースに戻り、いよいよ全開走行を開始すると最初の計測で2'19.583を記録。12:00頃に再びピットに戻ると、タイヤは交換せずそのまま可夢偉選手に交代した。

この時点でトップタイムは9号車のMercedes−AMGで00号車より2秒以上速い2’17.134。続く可夢偉選手はコースに出るとペースを徐々に上げながら周回を重ねるが、12:20頃、突如スコールのように大雨が降り始めた為、ピットに戻って谷口選手に交代する。谷口選手はレインタイヤでコースに出るが雨は収まらず、ほとんどまともに走行する事ができないまま12:45、大雨の為赤旗が出されセッションは中断となった。天候快復の見通しが立たないと判断され、そのまま12:50の予定時刻を待たずにセッション終了が宣言された。セッション中のトップタイムは前半に9号車が記録した2’17.134で、00号車のベストタイムも片岡選手が前半に記録した2'19.583、全76台中64位のタイムだった。

【プリクオリファイ】

続いて午後は17時40分から18時40分までの60分間、プリクオリファイという名の練習走行枠が用意されている。この時間、日は高く昼間と変わらない。このセッションは可夢偉選手の走行からスタートする。雨は上がったが路面はフルウェット状態で気温も20度と低く乾くには時間がかかりそうな様子。可夢偉選手はまずはレインタイヤ装着でピットを後にした。

走行開始から10分ほど経った頃から徐々に路面のドライアップが進んだ為、可夢偉選手は一旦ピットに戻ってドライタイヤに換装すると、徐々にペースを上げていき2’19.968を記録。そのままラップを重ねるが、走行開始25分経過した頃にオールージュ・ラディオン付近で81号車がクラッシュ、赤旗が出てセッションは中断となった。可夢偉選手はピットに戻るとここまでのマシンの挙動についてエンジニアにフィードバックを始めた。同じMercedes-AMGに2秒以上離されている通り、タイムが思うように上がらず苦戦を強いられている。何とかセットアップで改善できないか模索する。赤旗は20分ほどで解除され、残り時間は谷口選手のドライブでコースに出た。谷口選手はそのままセッション終了まで走り続け、ピットに戻った。最終的にタイム更新はなく、クラス63番手でセッションを終了した。この時点で雨は上がっており太陽が顔を覗かせていた。

予選前のブリーフィングでは、今日ここまで1日を通してタイムが思うように上がらなかったことからドライバー達から次々とセッティングへの注文が入っており、何を選択するかチームは選択を迫られていた。

【予選】

予選はQ1からQ4までの4つのセッションに分かれており、それぞれ15分間で争われる。4人以上のチームはQ1からそれぞれ1人ずつ、PROクラスなどドライバーが3人のチームはQ2からそれぞれ1人ずつタイムアタックを行い、その平均タイムでスターティンググリッドを決めるというルールだ。タイムスケジュールではQ1は21:15分からの15分で、最後のQ4は22:21分から22時36分までの15分間だ。日本の最北端、宗谷岬より更に北に位置するスパは夏季の日照時間が長く、この時期の日没時間は21時55分頃とされているが、それにしてもQ4開催の時間にはかなり暗くなっているはずだった。

【Q1】
Q1は出走しない00号車のピットでは、ドライバー3人がラップモニターの前で待機していた。21時15分、Q1スタート。すると、待っていたかのように雨が降り出した。これによりQ1出走全チームがレインタイヤ装着でコースに出るが、それでもコースアウトしてグラベルにはまる車両や、コンクリートウォールに激突する車両
などが続出し、赤旗に次ぐ赤旗でまともなタイムアタックができない状況だった。結果、Q1トップタイムは66号車AUDI R8の2’24.833だった。Q1は多数の赤旗中断とセッション延長があり、終了時間が大幅に遅延した。これによりQ2は予定時刻から39分遅れの22時16分から開始された。00号車のQ2アタッカーは谷口選手だが、元の予定では明るい時間の走行になるはずだったが、Q2開始時間が近づくころあたりは既に暗くなっていた。

【Q2】
スタート時刻直前、雨は止んでいるものの路面はまだ濡れておりコースの反対側の様子も分からない。そこでチームは、まずレインタイヤ装着で谷口選手をコースに送り出して、ドライアップが確認でき次第ピットインしてすぐにドライタイヤに履き替える作戦をとった。Q2スタート。谷口選手はアウトラップでコースが十分ドライアップされている事を確認するとそのままピットに戻ってドライタイヤに換装、タイムアタックに入った。この結果、谷口選手のタイムは2’21.261で59番手だった。なおこのセッションのトップタイムは31号車BMW M4GT3による2’16.707だった。

【Q3】
片岡選手が搭乗してピットを後にする。計測1周目、2’22.4秒台を記録して更にペースを上げたところで11号車がコースオフしてグラベルにスタックし、赤旗中断。再開後、計測2周目に2’19.964を記録し、58番手でチェッカーを受けた。

【Q4】
23時12分、Q4スタート。既にサーキットは闇に覆われていた。しかし24時間レースのスペシャリストと呼ぶにふさわしい経歴を持つ可夢偉選手にはなんら問題ではなく、積極的にアタックに出る。まずは計測1周目でいきなり2’17.4秒台の好タイムを記録するが、トラックリミット違反の判定が出てしまいタイム抹消、幻のフライングラップになった。その後計測3周目に2’19.295で67番手でチェッカーを受けた。予選集計の結果、00号車の平均タイムは2’20.167で30番手。上位20台が進出できるスーパーポールは逃したものの、全76台のうち前半からスタートできる事となった。なお、この予選セッションのトップを獲得したのは平均タイム2’16.454の59号車のマクラーレンだった。予選終了後、23時59分からナイトプラクティス(夜間走行練習)セッションが90分間実施された。元のスケジュールでは23時5分スタートだったが、予選進行の大幅遅延により1時間近く押して実施された。このセッションでは、まずは可夢偉選手が搭乗してコースに出ると、5周して2’19.572のタイムを記録してピットに戻った。

続いて片岡選手、谷口選手も同じく5周回ずつ走行して夜間走行の慣熟を進める。再び可夢偉選手にステアリングを戻すと可夢偉選手は2’19.542にタイムを更新、そのまま周回数を重ねていく。1時過ぎ、走行時間は10分ほど残っていただが、チームは走行終了を判断してマシンをピットに戻した。ナイトプラクティスのトップは70号車のフェラーリで、2’17.605だった。チームは深夜2時に最終ブリーフィングを行って2日後の決勝レースに向けた課題の洗い出しと対策について話し合った。
この日の走行を通じてマシンに速さが足りず、他のAMGにすらストレートでついていけない状態だった。これを受けて決勝に向けてセッティング見直しのアイデアが議論された。また各ドライバーのタイムを見た上で決勝レースでのランプラン(乗車順序)についても議論があり、視力の問題で夜間走行に不安が残る谷口選手を明るい時間帯に寄せ、夜間走行を片岡選手と可夢偉選手で賄う方向でのディスカッションになった。様々なアイデアが出る中、ランプランについてはアイデアを整理した後、翌日また検討会議を開くことにして会議は終了となった。チームはこうして長い1日を終えた

6月27日(金)【スーパーポール、ピットウォーク】

スパ24時間レースのレースウィーク金曜日はスーパーポールが行われる。前日の予選結果に基づき、トップ20台が参加してポールポジションから20番グリッドまでの順番を決める2次予選だ。20台のマシンが1台ずつピットを離れ、それぞれコース占有状態でタイムアタックを行うという趣向だ。

序盤、34号車Aston Martinがクラッシュして赤旗が出るアクシデントがありいきなりスケジュール遅延が発生するも、残りのスーパーポール参加車両は無事にタイムアタックを終え、結果59号車がスパ24時間レースで初めてとなるマクラーレンによるポールポジション獲得を実現した。スーパーポール終了後、19時過ぎからオートグラフセッションと呼ばれるSUPER GTで言うところのピットウォークが開催された。このセッションでは詰めかけた観客でスパの長いピットレーンが埋まり大変な盛り上がりを見せたが、中でもGOODSMILE RACINGのピットには一際大きな人だかりでができており、GSRの3人のドライバーと元F1ドライバーの右京監督の4人は詰めかけた現地のファンとの交流を楽しんだ。

6月28日(土)29日(日)【決勝レース】

決勝レースが行われる土曜日は朝から穏やかな天気で、天気予報翌日まで晴れと出ていた。予選日にはまさにスパウェザーだったが、決勝日の天候が安定しているのはそれだけで完走に一歩近づく好条件だ。この日の朝はマレーシアセパン・サーキットで、SUPER GT第3戦の決勝レースが開催されていた。チーム一同はホテルでセパン遠征組を応援してからサーキット入りをした。既知の通り、この時セパン組は決勝で3位表彰台を獲得しており、スパ組もこれに続けと気合が入る。前日に行われたスーパーポール序盤でクラッシュした34号車はマシンの修理が出来ず、そのままリタイアとなり、予選の21番手以下が一つ繰り上がることとなった。この結果、00号車も29番グリッドからのスタートに繰り上がった。

午後4時30分、隊列が動き出し2周のフォーメーションラップが始まった。レースがスタートするとオールージュへの飛び込みでで左から30番手スタートの111号車と右から31番手スタートの991号車の2台に挟まれポジションを2つ下げてしまう。さらにケメルストレートでは99号車と、26号車に前に出られてしまう。続くレ・コームでは777号車に、6コーナーでは93号車と立て続けに抜かれてしまった。プーオンではアウト側から74号車が寄ってきて接触があり、コースオフしかけるも2台とも無事にコースに復帰した。2周目のケメルストレートで992号車にパスされると、続く3周目にも同じ場所で5号車に先行を許してしまった。木曜から課題だったストレートでのスピードの伸び悩みが大きく響いている。00号車が4周目に突入していた中、後方で大きなクラッシュが発生する。シケインで52号車と接触しスピンしていた60号車に97号車が避け切れず追突しコース上にパーツが散乱し、今大会最初のFCYが掲示された。

レースが再開されて5周目、またもやケメルストレートで88号車(R8)に抜かれ38番手に下がる6周目、ラ・ソースで188号車(Mclaren 720S GT3 EVO)にインを突かれ、39番手。8周目、レコームで74号車が並んできて軽い接触をしながら前に出ようとしてきたが、ここはポジションは守る。しかし、9周目のレコームで再び仕掛けてくると今度は守り切ることが出来ずには前に出られてしまい、40番手に後退してしまった。しかし、それでもスティントのベストタイムとなる2分20秒5を記録した。15周目、レ・コームで333号車がインに飛び込み抜かれてしまった。そこからはポジションを守り24周を走りきり、最初のスティントを終えた。

25周目からは片岡選手へと交代。第2スティントでは26周目に2分22秒5をマークしたが、27周目にコース上で大きなクラッシュが発生。スロー走行していた112号車に上位争いをしていた22号車が追突。2台とも大きくマシンが壊れてしまった。すぐさまFCYが掲示された。そこで30周にチームは片岡選手をピットへ呼び、タイヤ交換、給油を済ませ、ドライバーは代わらずそのままコースへと送り出した。続く第3スティントは、FCYからセーフティーカーに切り替わったのち36周目にレースが再開された。00号車は36番手を走行。40周目にこのスティントのベストラップとなる2分22秒7を記録し、ペースを上げていきたいところだったが、今度は4号車と97号車が接触。97号車はグラベルにはまり動けず。回収の為にFCYが掲示された。さらにコース上の別の場所では70号車に270号車が接触。70号車は走ることが出来ずコース上に止まってしまった。回収作業に時間がかかると予想しFCY中の42周目に片岡選手はピットイン。このピットでも、タイヤ交換と給油のみ行なった。

片岡選手は連続で第4スティントも担当。ここではペースを上げ、49周目に2分21秒000のタイムを記録。67周まで周回を重ねた。68周目からは谷口選手がマシンに乗り込み、35番手でコースに復帰するも、直後にFCYが掲示された。最終コーナーのアウト側、ピットロードとの間に6号車が止まっていた。この回収をおこない75周目からレースが再開されると、2分22秒3とこのスティントのベストラップをマークした。そのまま89周まで走り、ピットイン。再び可夢偉選手がコックピットへ。この第6スティントでは、97周目の2分20秒2を含め、2分20秒台を連発し追い上げる。しかし、102周目のラディヨンで11号車が611号車に後ろから押されてコースオフ、クラッシュしてしまった。これによりFCYが掲示され、104周目にピットへ。タイヤ交換と給油のみをおこないコースへと戻る。

110周目にレースが再開されると00号車は45番手となっていた。第7スティントでは、114周目の2分20秒4を含め25周を走り、34番手となったところで、ピットへと戻った。130周目からは片岡選手が再び登場。いよいよ陽が落ち、ここからはナイトレースとなる。136周目に2分22秒4を記録するも、オープニングラップの接触で左のライトにダメージを受けていた影響で視界が悪く思ったようにペースが上げられない。141周目に12号車がコースオフし止まるとFCYが出され、FCYが続く144周目にピットに入りタイヤ交換と給油を行う。第9スティントも片岡が連続で担当。149周目にレースが再開されるが、151周目に00号車は後ろから追突されて左リアの足回りダメージを負ってしまった。そのままピットへと戻るとガレージへとマシンを入れすぐにパーツの交換をおこなう。幸い大きなダメージはなく交換を済ませるとすぐにレースに復帰することが出来た。しかし、それまでなんとかトップと同一周回を走行していたが、これにより5周遅れとなってしまった。

152周目から始まった第10スティントは引き続き片岡選手がドライブする。先ほどのピットインの際に左のライトも応急処置が施され、162周目にこのスティントのベストタイム2分21秒7を刻みながら、176周までを走り切った。177周目から第11スティントをスタートさせた可夢偉選手は、2分21秒から22秒台で安定して走りながら199周目には2分20秒6を記録。25周を走りピットへと向かった。続く第12スティントも可夢偉選手担当が担当。205周目に2分21秒000で周回し、順調に周回を重ねていった。00号車が216周を走るところで、同じくMercedes-AMG GT3を使いトップ争いをしていた17号車がホームストレートをスロー走行し、そのままオールージュで止まってしまった。これでFCYとなり、219周にSCに代わったタイミングでピットへと向かった。220周目から片岡選手がステアリングを握る。221周目にSCが戻りレースが再開されると、3周ほどは集団の中でペースを抑えられてしまった2分25秒台での走行となってしまった。それでも前の車を抜きスペースを確保するとそこからはペースを上げ、242周目には2分21秒0をマークする安定した走りを見せた。そしてこのスティントの中で前回の10時間48分の記録を超え、片岡選手は27周を走りピットへと向かった。

第14スティントも引き続き片岡選手がドライブする。248周目に2分20秒9を記録するも、翌周ブランシモンでトラックリミットをカットしてしまい6回を超えてしまう。次のピットのタイミングでペナルティストップ30秒が課される。その後は安定した走りを見せ、259周目を走行中にスタートから12時間を超え、ようやく折り返しとなった。そのまま271周まで25周を走り、片岡選手のナイトセッションが終わった。次の可夢偉選手はトラックリミットのペナルティを消化してから、第15スティントを開始。277周目には2分20秒2を記録しながら2分20秒から21秒台を中心に周回を重ね、296周目にピットへと向かった。そのまま可夢偉選手が次のスティントに出るが、直後に23号車がエンジンブローで止まりFCYが出された。そこでコースへ復帰したばかりだが、チームはこのFCYの間に12時間を超えたあとに義務づけられているテクニカルピットストップをおこなうことにした。このピットストップでブレーキ交換などをおこない、可夢偉選手のままコースへと戻った。305周目にレースが再開されると、可夢偉選手は安定した速さで周回を重ねる。

そして空はだんだんと明るくなりグッドスマイルレーシングは初めてのスパの夜明けを迎えた。317周目にはこのレース中の00号車のファステストラップとなる2分20秒1を記録した。318周目の8コーナーで64号車がストップしFCYが出されると、319周に可夢偉選手をピットへ戻した。320周目からは明るい時間担当の谷口選手が第18スティントをスタート。325周目にレースが再開される。トップ集団に挟まれなかなかペースが上げられない場面が多いが、341周目に2分21秒5を記録しながら24周を走った。第19スティントも谷口選手が続投。ここではペースを上げ、346周目に2分20秒4をマークした。しかし、00号車が349周目を走行中に21号車が7コーナーでスピンしグラベルにはまってしまう。FCYが出され車両の回収に時間がかかると予想したため、352周目に谷口選手をピットへ戻し、タイヤ交換、給油を済ませた。353周目からの第20スティントも谷口選手が担当してトリプルスティント。354周目にはレースが再開され、379周までの27周を走り抜いた。

レースも残りわずか。380周目からの第21スティントは片岡選手が務める。順調に周回を重ねピットタイミングが近づいてきた401周目に93号車が11コーナーの立ち上がりで止まりFCYが出された。そこでピット作業を済ませることに。404周目から始まった第22スティントも片岡選手が担当。コースへ戻るとすぐにレースは再開され、2分21秒から22秒台の安定したラップを重ね25周を走り、可夢偉選手へと交代した。可夢偉選手が走る第23スティントも2分21秒から22秒台で周回していた。しかしここでマシンに異常が発生する。走行中にマシンから異音が発生してパワーダウンがあった為、可夢偉選手は447周目に緊急ピットイン。チームはマシンをピットに入れ、エンジンのチェック行った。すると、エンジン内部に深刻なトラブルが発生している事が判明する。エンジニアを交えてなんとかしてゴールまで走らせる策はないか検討するも、残り時間内に修理する事は不可能で、この状態でコースに車を出すわけにもいかないという結論に至った。

ゴールまで残り時間3時間40分、チームは苦渋の決断をした。GSR3度目の挑戦も残念ながら完走に至らず、ここでDNFに終わることとなった。レースは63号車GRT Grasser Racing Teamのランボルギーニ・ウラカンGT3 Evo2が549周を走って総合優勝、2位に96号車RuntroniK Racingのポルシェ911GT3R、3位に51号車AF Corseのフェラーリ296GT3がトップと同一周回でゴールした。

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